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大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)389号 決定 1960年2月05日

抗告人 株式会社野沢組 代表取締役 人見九一

訴訟代理人 高木茂

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙のとおりである。

思うに起訴命令は、債権者が仮処分命令または仮差押命令(以下仮処分命令等という。)を得たまま、いつまでも本訴を提起せず、そのため仮処分命令等が際限なく継続することの不利益から債務者を救うことを目的とするもので、債権者をしてすみやかに本訴を提起させ、その発展によつて、いずれにせよ、仮処分命令等による暫定的状態に結末をつけようとするものである。したがつて、仮処分命令等自体が、その取消事由がどうであろうと、確定的に取り消された以上は、起訴命令の申立はその目的を欠缺するに至るのである。起訴命令の申立は、仮処分命令等の異議の申立(民訴法七四四条七五六条)と同様に、仮処分命令等の存在をその要件とするものである。

抗告人は、本件仮処分命令は、特別事情による取消判決によつて確定的に取り消されたものであつて、その被保全権利の存否は審理の対象となつておらず、仮処分によつて抗告人の権利に制限を加えたことの当否が判断されず、本案判決確定まで抗告人の供した保証取消を求めることができないから、起訴命令の申立は許されるべきであると主張するけれども、元来民訴法七五九条において特別の事情に基く仮処分の取消を許した趣旨を考えてみるに、仮処分は、それが係争物に関する仮処分であつても、または仮の地位を定める仮処分であつても、原則として債務者の保証供与によつてたやすくこれを取り消すべきものではない。しかし他面において仮処分は被保全権利の未確定の間に債権者に簡易迅速に与えられる強力な手段である点において、仮差押と異るところはないから、右の原則を固守することは債務者に酷に失し公平の観念に反する場合も生ずる。そこで民訴法はこの間の調和を図つて七五九条の特則を設け、特別の事情の存する場合に限り、債務者に保証を供与させることによつて仮処分の取消を許したのである。この場合債務者は専ら特別の事情の存在に基いて仮処分の取消を求めるものであつて、被保全権利の存否を問題とするものでない。債務者が異議の申立により被保全権利の不存在を主張するものでない以上、特別事情による取消判決があれば、もはや債権者が被保全権利の存在を主張すべき本案の訴を提起することの申立は許されないのはやむを得ない。この程度の不利益は、債務者が被保全権利の不存在を主張しないことによつて自ら招いたものであり、しかも債権者に対し自ら本案について消極的確認の訴を提起し勝訴確定判決を得ることにより保証提供の拘束を免れることができるのであるから、これを甘受しなければならない。

また、仮処分命令がすでに特別の事情に基き取り消されて存在しないにもかかわらず、起訴命令をすることができるとすると、債権者がそれに応じて本案訴訟を提起しないときは、仮処分命令を取り消すというような訴の提起を間接的に強制する方法もなく、結局債務者の方で本案について消極的確認の訴を提起するほかはないのである。抗告人の右主張は採用できない。

他に記録を調べてみても、原決定を取り消すべき違法の点は認められないから、民訴法四一四条三八四条九五条八九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 熊野啓五郎 裁判官 岡野幸之助 裁判官 山内敏彦)

抗告の趣旨及び理由

原決定を取消す。抗告人の起訴命令申立は理由あり。との裁判を求める。

一、本件仮処分命令は昭和三十四年一月二十七日になされこれに対し被申請人たる抗告人は、特別事情による同命令の取消申立をなし(同裁判所昭和三四年(モ)第一七九号)同裁判所は、同年四月十八日「当裁判所昭和三十四年(ヨ)第二八号仮処分申請事件について当裁判所が同年一月二十七日になした仮処分決定は申立人が金二百万円の保証を立てることを条件としてこれを取消す」との判決をなしたので被申請人たる抗告人は右保証金を供託して即日同判決の執行を委任した。斯くして本件仮処分は取消された。而して同裁判に対し申請人たる被抗告人は控訴したが同年七月十七日控訴取下により確定した。

二、その後、本件仮処分申請人たる被抗告人より、同仮処分決定の際担保として供託した金百万円の解放申請がなされた結果同年九月十五日同裁判所は被申請人たる抗告人に対し権利行使の催告があつたので抗告人は同月二十八日損害賠償請求訴訟を同裁判所に提起すると共に権利行使の申出をなした。抗告人は右の如く、訴訟の提起、権利行使の申出をなすと同時に他面同裁判所に対し本件仮処分につき本案訴訟提起命令の申立をなしたのであるが前記の如く棄却せられた次第である。

三、右棄却の理由は、同仮処分決定は取消されたので、執行し得る仮処分決定が存在することを前提とする起訴命令は、なしようがないと言うに在るようであるがこの解釈は不当である。

(1)  本件仮処分決定が取消されたのは、本案訴訟によりその理由がないことが確認せられた結果ではなくて特別事情により保証金の提供の効果として暫定的にその仮処分の効果が排除せられたに過ぎないものである。故にやがては、訴訟として仮処分により保全しようとした権利の存否が裁判せられ、その結果、取消の暫定性も判定せられる運命にあるのである。

(2)  右仮処分の取消の理由は、仮処分の理由に関する争訟に基くものではなく仮処分の理由とは全く別個の特別事情を理由とするものであるから取消の訴訟において仮処分の理由の存否は争えない。又、仮処分の担保に関し権利行使の申立をなすために損害賠償請求訴訟を仮処分被申請人から提起するとしても、そこで請求する損害は必ずしも仮処分において保全すべき権利の存否に関するとは限らないから被申請人の損害賠償請求訴訟や担保に対する権利行使の申立に仮処分により保全すべき権利の存否の判断を委ねるべきであるとは解しがたい。

(3)  斯くの如く若し、原決定の言う如く、本件仮処分取消判決確定により仮処分は取消され最早存在しないから起訴命令を発する余地なしとするならば遂に仮処分の理由を判断する機会なく右取消のための保証解除の機会がないこととなり甚だ不当の結果を惹起する。本件においては、仮処分の担保につき権利行使の申出をしているが若し仮りに同申出をせずに仮処分申請者は、担保を解放せられ、仮処分取消申立人の保証のみが解放せられずに残るが如き事態を考える時一層その不均衡な不当性を顕著に見ることが出来るのである。

(4)  特別事情による仮処分取消申立人において、取消された仮処分につき起訴命令申立の利益があることは既述の諸点により明かであるが又、仮処分申請人としても苟しくも仮処分として被申請人の権利に制限を加えた以上は、その理由を明かにすべき本案訴訟を提起すべきは、権利義務の法秩序の上から言うて当然の事である。他の理由によりその仮処分の効果である被申請人の権利の制限が被申請人の保証という負担において排除せられたからというて、又、被申請人(仮処分取消申立人)に仮処分により保全せらるべき権利の存否につき消極的確認訴訟の提起が可能であるからというて仮処分申請人の本案提起の義務が転嫁又は免除せられる理由は少しもない。仮処分にしても仮差押にしても、疎明による暫定的な裁判であるから不服ある場合が多く被申請者は防衛上、取りあえず、その仮処分なり仮差押なりの執行の効果を排除のため同裁判の取消を求めざるを得ないこととなる。さてそういう立場においてなされた取消により、仮処分や仮差押の本案の権利関係の確認を求める義務が取消申立人に転移し、仮処分、仮差押申請人に無くなつてしまうということは実に不合理極まるものと言わざるを得ない。

(5)  民訴法第七五六条(仮処分手続における仮差押規定の準用規定)により仮処分手続に準用せられる同法第七四六条第一項は「本案ノ未タ繋属セサルトキハ仮差押裁判所ハ債務者ノ申立ニ因リ」起訴命令を発すべきことを規定すると同時に同第二項においてこの命令期間を徒過したときは申立により「終局判決ヲ以テ仮差押ヲ取消ス可シ」と規定しているがそれは仮処分の終局的な結末は、所詮は本案訴訟の判決か、起訴命令期間の徒過による取消判決かによるべきことを規定したものであつて、特別事情による取消の如き暫定的な判決によるべきものではないと解するのが至当である。又、文理上も苟しくも本案訴訟繋属ない限り起訴命令申立ができると解すべきである。

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